材料モデル評価研究グループ

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原子・電子論的手法による原子力材料の欠陥構造の解析



(A) 転位と粒界の相互作用に関する研究

転位と粒界の相互作用は多結晶材料のマクロな塑性変形に大きく寄与する。また、近年のサブミクロンスケールにおけるその場観察試験では、局所的に射出された多数の転位と粒界との相互作用による界面近傍の原子の再配列が結晶粒の大きな運動を引き起こすことが観察されている。このような微小スケールの相互作用がマクロな塑性変形の素過程になることから詳細なメカニズムの理解が必要である。本研究では、Alの刃状転位とΣ3(111)傾角粒界の相互作用に関して、Nudged Elastic Band(NEB)法による評価を行った。その結果、転位が粒界と相互作用する際の活性化エネルギーは無欠陥中を転位が運動するときのパイエルスポテンシャルと比べて大きな障壁となることがわかった。また、転位は粒界部で粒界面に平行なDSC格子転位と、粒界面に垂直なステップ転位に分解し、DSC転位は粒界面を小さなエネルギー障壁で容易に運動することがわかった(図A-1)。Movie

また、粒界などの結晶欠陥は新たな欠陥生成の抵抗を低下させ転位生成源となる。そこで、原子シミュレーションにより様々な種類の粒界におけるナノインデンテーション下の初期塑性について検討した。ツインと複数の対応格子粒界において転位が生成されるメカニズムと生成の抵抗の低下について評価した結果、ツインと安定なΣ11粒界では、無欠陥領域よりも優先して最初のすべりが生じ、不安定な粒界では粒界面の不均質な領域から転位が生成することがわかった(図A-2)。


figA1

図A-1 双晶境界と刃状転位の相互作用
(a) 転位の単位長さあたりのMEPに沿った反応エネルギー
(b) MEP上の反応の原子イメージ

figA2

図A-2 双結晶の押込みにおけるDSC転位の生成
(a) 転位生成過程
(b) DSC転位と格子転位の結晶方位

(参考文献)
T. Tsuru, Y. Shibutani, et al., Phys. Rev. B 79 (2009), 012104.
T. Tsuru, Y. Kaji, et al., Phys. Rev. B 82 (2010), 024101.



(B) 照射欠陥による硬化とアンフォールトの原子シミュレーション

FCC結晶では照射下で、空孔の集積による積層欠陥四面体と(111)面上に格子間原子の積層による格子間原子ループ(I-loop)を形成することが知られ、照射材特有の変形特性に寄与する。本研究では、分子動力学により照射材のモデルとして低積層欠陥エネルギーのCuを対象に変形下における欠陥挙動の解析を行った。その結果、積層欠陥四面体とI-loopは転位の運動の障壁となり降伏応力が大きくなるが、らせん転位が刃状転位に比べて大きく増大することがわかった(図B-1)。また、刃状転位はI-loopを吸収することにより消失させ、らせん転位は相互作用によりI-loopのすべり系を<110>{111}に変化させることがわかった(図B-2)。

また、照射材で観察される転位チャネリングは照射誘起応力腐食割れの主要な応力因子の一つとして注目され、結晶粒界近傍の転位の集積は応力集中を引き起こす。本研究では、原子論的シミュレーションにより照射材の変形モードについて検討を行った。ボロノイ分割により多結晶モデルを構築し、格子間原子・空孔型の欠陥を粒内の領域に導入することにより、照射欠陥を有するモデルを作成した。このモデルに対して変形解析を行った結果、転位は粒界三重点の様な不均質領域から優先して生成され、すべり転位近傍の照射欠陥は転位の運動とともに消失することがわかった(図B-3)。


figB1

図B-1 照射欠陥と刃状/らせん転位の相互作用のせん断応力−ひずみ関係


figB2

図B-2 照射欠陥と刃状/らせん転位の相互作用の原子イメージ


figB3
Movie

図B-3 多結晶中の照射欠陥のアンフォールティング




(C) 第一原理計算によるα-Fe中の不純物の析出に関する非経験的傾向予測

原子炉圧力容器鋼は中性子照射により著しく脆化することが知られているが、その原因の一つに不純物元素の偏析による照射硬化が挙げられる。近年の三次元アトムプローブによる観察から、古くから知られている銅析出物だけでなく、マンガンや他の元素がマトリクス中から局所的な偏析を生じることがわかっている。銅は析出硬化機構が経験的に知られてきたため、銅を含まないような開発が行われてきた経緯がある。それに対して、銅以外は非常に小さなクラスターとして観察されるだけであるが、照射脆化の低減の観点からも析出しやすい不純物を予測することが重要であると考えられる。本研究では、不純物がα鉄中に固溶した二元系の場合を仮定し、α鉄マトリクスからの偏析のみに問題を単純化した。結合エネルギーの評価にBragg-Williams近似とクラスタリングのエンタルピー変化から、混合と析出のエンタルピーを予測する手法を提案した。その結果、銅やマンガン不純物は析出した状態が安定である一方、ニオブやタンタルは固溶状態が安定であるという結果が得られた(図C-1)。この予測結果は、計算時間の問題からエントロピー効果を無視したものであるものの、銅が著しい偏析傾向を示すということからも定性的に良好な一致が見られている。また、偏析傾向の異なる不純物の鉄中の結合状態は第一隣接間に広がるd-軌道間の相互作用に起因していることを示した(図C-2)。これらの結果は結合状態がマトリクスからの偏析傾向と大きく相関があることを示している。


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図C-1 N原子クラスタの生成エンタルピー

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図C-2 α-Feにおいて(a) Cuと (b) Niが固溶するときに局所状態密度


(参考文献)
T. Tsuru, et al., J. Appl. Phys. 107 (2010), 061805.



(D) α-Fe中でのCu析出物の相変化と障害物強度への影響に関する原子論的検討

原子炉圧力容器において、固溶したCu不純物は照射によりCu析出物を形成し運動転位に対する障害物として作用する。これが脆化の要因の一つであることが知られている。Cu析出物の相構造に関して、熱時効においては最初にマトリックスとコヒーレントであったCu析出物は成長するとともに、4 ~ 6 nmを臨界サイズとして9R構造と呼ばれる相に変化することが報告されている。このようなインコヒーレントなCu析出物は運動転位と強く相互作用すると考えられるため、相変化のメカニズムおよびその発生条件の理解は照射脆化予測における重要課題の一つである。本研究では、α鉄中の銅不純物の相変化と障害物強度に対する影響に関して、原子論的手法を用いた解析を行った。まず、Self-guided molecular dynamics (SGMD) により相変化を促進し、転位との相互作用による降伏応力を評価した。その結果、銅析出物は空孔のない場合でも直径が4 nmを越えるとbcc構造から9R構造に相変化することがわかった。また、相変化した析出物では内部で9Rのすべりを要するため、張り出したらせん転位は界面で原子間の再配列を生じ、その結果障害物強度は上昇する(図D-1,D-2)。このことは従来のRussell-Brownモデルによる剛性率効果からは見積もることができないため、析出物の成長とともに相変化を考慮した予測が必要であることを示唆している。Movie


figD1

図D-1 D2〜D6までの直径のCu析出物を含む場合のせん断応力−ひずみ関係


figD2

図D-2 刃状転位と(a)コヒーレント、(b)相変化後のCu析出物の相互作用


(参考文献)
都留智仁 他, 材料,59-8 (2010), 583pdf



(E) α-Fe中でのHeと欠陥相互作用に関する研究

核融合中性子照射では生成するHeはバブルの生成等により材料の脆化を引き起こす。低放射化フェライト鋼におけるHe偏析のモデリングとしてα鉄中のHeの基礎的手法を第一原理計算と経験ポテンシャルを用いて調査した。その結果第一原理計算により、α鉄の偏析サイトであるTおよびとOサイトにHeが偏析したときの偏析エネルギーはTサイトが安定であることを確認した。また、これらの特徴を再現する3体間ポテンシャルを導入することによりHe凝集過程と考えられる各サイト間の活性化エネルギーを評価したところ、図に示すように、[110]方向のT-TマイグレーションはO-Oマイグレーションに対して一桁小さくなるがわかり、He単一の移動ではTサイト間の移動が支配的であることが示唆された(図E-1)。このポテンシャルを用いて、空孔へのHe偏析とFeの格子間原子との相互作用についての分子動力学計算から、He原子が少ない場合は直ちに格子間原子と位置を交換するのに対して、6原子程度のHeクラスターでは空孔位置に安定して存在することがわかった。


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図E-1 Fe中のHe原子のT-T遷移とT-O-T遷移の移動のエンタルピー変化



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