照射損傷の蓄積による微細組織変化に関する研究

格子間原子集合体の一次元運動に基づく欠陥反応過程は、カスケード損傷下での微細組織変化を通して材料特性を劣化させる要因の一つと考えられています。我々は、点欠陥のみが生成されることから欠陥反応の素過程を調べるために有効な超高圧電子顕微鏡を用いた電子照射下その場観察法を用いて、α鉄における格子間原子集合体の一次元運動機構の温度依存性を調べる研究を行っています。

格子間原子集合体の一次元運動機構

格子間原子集合体の一次元運動機構

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超高圧電子顕微鏡を用いた電子照射下その場観察実験と反応速度論を組み合わせることにより、格子間原子集合体の1D運動挙動がその成長過程に与える影響を調べた結果、残留不純物に捕獲され静止状態にある格子間原子集合体は、電子照射による弾き出しが引き金となって1D運動を生じ、残留不純物への再捕獲を免れた割合だけ表面消失を生じ、それにより数密度が連続的に減少することが示されました。残留不純物への捕獲確率はランダムウォーク理論を用いて評価することができ、用いた薄膜試料における残留不純物濃度と同程度の場合に、実験で観察された格子間原子集合体の数密度の減少挙動をよく再現することが示されました(Figure1)。

格子間原子集合体の一次元運動機構

Fig.1 Dependence of the defect-density evolution on the impurity concentration CM as a function of irradiation dose. Each symbol in the experimental data corresponds to an individual run.


圧力容器鋼における中性子照射脆化メカニズム

圧力容器鋼における中性子照射脆化メカニズムを理解することは軽水炉の構造保全にとって重要である。圧力容 器鋼において生じる銅析出物は転位運動の障害として働き、照射脆化を起こす原因となると考えられる。熱時効 や照射によって生じる銅析出物が成長することにより母相の BCC 鉄とインコヒーレントな 9R 構造に相変化するこ とが知られている。このようなインコヒーレントな銅析出物は運動転位と強い相互作用を持つと考えられるため、相 変化の起こるメカニズムやそれが生じる条件を明らかにすることが重要である。

α鉄中での銅析出物の相変化
本研究では、分子動力学(MD)法において構造探索効率を上げることが可能であるself-guided molecular dynamics(SGMD)法を、熱時効中に生じる銅析出物の相変化過程のシミュレーションに適用した。その結果、SGMD法は原子空孔の導入なしでも比較的小さいサイズ(4.0 nm)の銅析出物のBCCから9Rへの相変化を再現できることに加え、相変化の起こる析出物サイズが実験データとよく一致することが示された。図1にSGMD法により得られた銅析出物の[111]断面を示す。析出物中心付近に、ある<110>方向に沿った双晶に似た境界(点線で表示)が存在していることが分かる。

fig2-5

図1 SGMD法により得られた銅析出物の[111]断面


刃状転位と銅析出物の相互作用
相変化を生じた銅析出物はBCC状態の銅析出物よりも刃状転位と強い相互作用を持つ。図2に示すように、相変化を生じた銅析出物の場合には母相のBCC結晶とインコヒーレントな構造を持つため、刃状転位がより大きく張り出していることが分かる。刃状転位が析出物を通り抜けるときの臨界シアー応力を評価した結果(図3)、相変化を生じた銅析出物はBCC状態のものよりも約100MPa大きな臨界シアー応力を持つことが示された。

fig2-6

図2 刃状転位と銅析出物の相互作用
*system size: ~3.2 million atoms
Cu precipitate size: 6.0 nm
precipitate spacing: ~30 nm

fig2-7

図3 刃状転位が析出物を通り抜けるときの臨界シアー応力

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