金属材料の応力腐食割れ,照射誘起応力腐食割れに関する理解は工学的に重要であるが,その現象の複雑さゆえ,実験の困難さも伴い,そのメカニズムは明らかになっていない.そのため,ミクロレベルにおける理論計算による研究への期待が増している.主に鉄を主成分とする材料の化学結合や電子状態への不純物原子の影響や,材料表面での種々のガスの吸着及び腐食反応機構を理解するために分子軌道法を用いた理論的アプローチによる研究を展開している.
図1にはFeクラスターの結合エネルギーのNi置換による変化を示した.Fe6クラスター中の鉄原子をNi原子で置き換えることでクラスターの結合エネルギーが減少することを確認した.このことは鉄を主成分とする金属材料において,特に粒界などの局所領域におけるNiの増加がその領域での結合力を弱めていることを示している.
図1 Ni置換による鉄クスターの結合エネルギー変化
また,FenにおけるFe原子のCr原子による逐次的な置換は結合エネルギーの低下やFe-CrやCr-Cr結合長の増加を引き起こす.この変化は原子間に働く磁気的フラス トレーションによる強い反発によって生じており,これはCr置換に起因した電子構造の変化,特に4sや3d電子の結合への寄与の変化と関連している.このようにCrの存在は鉄の化学結合特性等に影響を及ぼすことから,Crの存在は鉄本来の特性(機械特性・高温安定性等)の変化の要因の一つと考えられる.
八面体構造を持つFe6クラスターの結合エネルギーや電子構造への置換したの影響を密度汎関数計算を用いて調べた, Fe6クラスターの結合エネルギーは置換したPの増加とともに増加している, この増加はFeからPへの電荷移動によるFe-P結合の強化による, 一方,計算で得た結合次数はFe-Fe結合の弱体化を示している, 照射によるPの偏析で生じる脆化は弱体化したFe-Fe結合と関係していると考えられる,
Fe及びFeO2 とO2 の反応過程と反応生成物をB3LYP/6-311+G(d)のレベルで調べた。これらの反応はポテンシャルエネルギー曲線、反応種間の相互作用エネルギー、Fe 原子とO2 分子の励起に必要なエネルギーを求め、それらをもとに反応過程を検討した。反応生成物のNBO及びMulliken解析と振動計算も行った。基底状態のFe原子とO2 は障壁エネルギーを伴う非断熱的遷移や垂直励起エネルギーによるFe(O2)からの遷移によってOFeOは形成される。この結果はFe 原子とO2 分子は低温ではなく高温で反応することを示している。また、OFeO とO2 は吸熱的反応によってη2-及びη1-(O2)FeO2 複合体を生成する。さらに、低い光エネルギーが複合体間での可逆遷移を可能にしている。得られた生成物のNBO 解析から、生成物の原子電荷はFe とO の間で生じる電子移動や反応種(Fe+, O2−) 本来のイオン的特性に由来することがわかった。