海洋中放射性核種移行モデルSEA-GEARNの開発

キーワード:海洋拡散シミュレーション、SEA-GEARN

1.研究の背景と目的
 東アジアでの原子力施設の増加、国内における民間の使用済燃料再処理施設の建設、 原子力艦船の寄港など、環境中への放射性核種の放出の潜在的可能性は増加・多様化しています。 そこで、海洋中に放出された放射性核種の移行過程を沿岸域や近海域を対象として 数ヶ月から数年の時間スケールで予測する汎用的な海洋環境評価システムを構築します。
 放射性核種の海洋環境中における挙動を詳細に予測するためには、 海洋中における物理現象に加えて海水中に存在する粒子状物質への放射性核種の吸着や脱着等の化学的な現象を 考慮したモデルを開発することが課題です。 このため物理・化学的現象を考慮した海洋中放射性核種移行モデルSEA-GEARNを開発し、 海洋環境評価システムに導入するとともに、妥当性検証を通じてモデルの改良及びパラメータの最適化を行います。 そして、様々な事象への適用性を向上させ、汎用的に利用可能な海洋環境評価システムの基本版を構築し、 実事故や環境問題への早期適用を可能にすることを目的とします。

2.海洋中放射性核種移行モデルSEA-GEARNの概要
 SEA-GEARNは多数の粒子を海洋中物質に模擬してその移行を計算する粒子拡散モデルで、 海洋大循環モデルにより計算された海流データを入力として、流速に基づいて移流過程を計算し、 拡散過程はランダムウォーク法により計算しています。 また、SEA-GEARNでは海水中に存在する放射性核種が海底堆積物に除去される機能を導入し、 海水中放射性核種濃度の予測精度を向上させました。 放射性核種が海底堆積物へ除去されるためには放射性核種が海水中の粒子状物質に吸着し、 それらの沈降によって海底堆積物へ移行する過程を考慮する必要があります。 このため、SEA-GEARNでは放射性核種の交換過程を下図に示すように定義しました。

図

すなわち、溶存態放射性核種及び直径0.8マイクロメートル未満の沈降速度を持たない微小粒子に吸着した放射性核種を溶存相、沈降速度を持つ大粒子に吸着した放射性核種を大粒子相、海底に堆積した粒子状物質に吸着した放射性核種を海底堆積相としました。溶存相は移流と拡散によって、大粒子相は移流、拡散及び粒子の沈降によってそれぞれ移動します。溶存相と大粒子相との間では吸着及び脱着過程により放射性核種がそれぞれの相へ移行します。海底境界条件としては、溶存相と海底堆積相は吸着・脱着過程を、大粒子相と海底堆積相は堆積・再浮遊過程を考慮します。各相間における放射性核種の移行は速度定数を用いた吸着及び脱着によって可逆的に行われます。
 また、SEA-GEARNでは、①多重シグマ鉛直座標系への変更による複雑地形における計算精度の向上、 ②2-wayネスティング手法による低解像度の広域と高解像度の狭域を整合的に同時計算、 ③Message-Passing Interface(MPI)を用いたコードの並列化による大規模計算の効率的な実行を可能としました。 これらの改良により、SEA-GEARNを様々な海域特性に柔軟かつ高速に適応させることが可能となり、 特に沿岸域における計算精度が向上しました。 SEA-GEARNは、青森県六ヶ所に立地する再処理施設からの放射性核種の海洋放出の影響評価や、 福島第一原子力発電所事故に伴う海洋汚染評価、 そして東日本大震災により発生した洋上漂流物の拡散予測シミュレーションなどに適用されています。

3.関連文献
T. Kobayashi, S. Otosaka, O. Togawa, K. Hayashi: Development of a Non-conservative Radionuclides Dispersion Model in the Ocean and its Application to Surface Cesium-137 Dispersion in the Irish Sea, J. Nucl. Sci. Technol., 44, 238-247 (2007).
T. Kobayashi, T. In, Y. Ishikawa, H. Kawamura,T. Nakayama: A Study of released radionuclide in the coastal area from a discharge pipe of nuclear fuel reprocessing plant in Rokkasho, Aomori, Japan, Progress in Nuclear Science and Technology, 2, 682-687 (2011).
T. Kobayashi, H. Nagai, M. Chino, H. Kawamura: Source term estimation of atmospheric release due to the Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Plant accident by atmospheric and oceanic dispersion simulations, J. Nucl. Sci. Technol., 50 255-264 (2013).