概要
局所域高分解能大気拡散・線量評価システム「LHADDAS(Local-scale High-resolution Atmospheric Dispersion and Dose Assessment System)」は、放出点から数km以内の局所域スケールでの放射性物質の複雑な大気濃度分布および沈着分布を計算するとともに、それら放射性物質からの放射線について、建物による遮蔽効果を考慮して詳細に線量評価ができます。
多くの放射性物質の大気拡散予測システムは、原子力施設からの放射性物質の放出に対する広域スケールの環境影響や住民の被ばく線量評価を目的としています。このため、100km~数1000kmの範囲を評価対象として、数百m~数km程度の粗い計算格子に基づいて対象領域の風の流れを再現して拡散計算を行います。しかしながら、原子力施設内や都市域の建物の影響を受けた複雑な風の流れを再現できず、それらを反映した大気拡散計算による複雑な放射性物質分布や建物遮蔽を考慮した詳細な線量評価が行えませんでした。
そこで、高分解能計算格子により個々の建物の影響を考慮し複雑な気流を再現可能な乱流モデルを導入して開発した大気拡散計算コード(LOHDIM-LES)と、建物の遮蔽効果を考慮した3次元体系で放射線の挙動を計算する手法による線量率評価コード(SIBYL)を組み合わせた計算コードを開発しました。そして、風洞実験や野外拡散実験による多様な地形・建物・気象条件のデータを用いて大気拡散計算の予測精度を検証するとともに、放射線モニタリングの実測データを用いて線量率計算の妥当性を確認することで、様々な事象へ適用可能な高い予測性能を実証しました。さらに、都市市街地内で放出されたガスの大気拡散を短時間で計算可能な都市大気拡散高速計算コード(CityLBM)を導入し、局所域大気拡散の様々な課題に対応可能な解析システムLHADDASを開発しました。
システム・モデルの内容
LHADDASは4つの機能で構成されています。
①局所域高分解能大気拡散計算コードLOHDIM-LES
個々の建物を精緻に解像できる高分解能計算格子を用い、非定常乱流解析に優れたLES (Large-Eddy Simulation)乱流モデルを導入して開発した大気拡散計算コードです。LESを用いることで、従来のSPEEDIやWSPEEDIの気象モデルの限界により再現することができなかった建物周りの複雑な風の流れを再現できるようにしました。一方、LESは局所域の高分解能計算を対象とし、広域の地形や気象条件を考慮することができないため、広域の地形と気象条件の影響を受けた風の流れを境界条件として与える必要があります。そのため、まず、風洞実験と同様に計算領域の上流側に乱流生成領域を設けて境界層乱流を作り、地表面に障害物を適宜配置させることで任意の気流・乱流場の生成が行える風洞気流場再現手法を開発しました(図2)。この計算コードにより平坦地形、丘陵地上、単独建物周り、複数の建屋配置、さらに実在都市域のビル群を対象とした大気拡散計算を行いました。流れの衝突・剥離・循環が生じる複雑乱流場での大気拡散挙動について、風洞実験と同等に拡散事象を再現する性能を有するとともに、風洞実験では得ることができない詳細な拡散挙動の解明にも利用可能であることを実証しました。
②都市大気拡散高速計算コードCityLBM
有限個の方向を持つ速度分布関数の時間発展方程式を解くことで流体運動を記述する手法である格子ボルツマン法を導入して開発された大気拡散計算コードです。低消費電力かつ高演算性能の画像処理プロセッサ(GPU)を搭載した最先端のスーパーコンピュータ向けに開発され、都市市街地内でのガス大気拡散に特化した高速計算コードです。1台のGPUには数千台の演算器が搭載されており、従来の汎用演算器であるCPUと比較して演算性能が数倍以上となるため、計算時間を大幅に短縮できます。
③迅速詳細線量率評価コードSIBYL
①のLOHDIM-LESによる大気拡散計算による3次元計算格子の放射能量を入力として、事前計算により整備された放射性核種による線量寄与に関する応答関数データベース(④に記載)を用いることで、評価点の線量率を即座に得ることができる計算コードです。図3に示すように、複雑な大気中濃度分布と沈着分布に対しても、計算格子ごとに異なる濃度の放射性核種からの線量率の寄与を計算し、全計算格子からの線量率の総和をとることで、地上の評価点における線量率を算出することができます。また、建物による遮蔽効果については、放射線の放出地点と線量率評価地点の経路上に存在する建物を探索し、その建物を通過する距離に応じた放射線の減衰を各計算格子からの線量率に対して適用しています。
④データベースと入力作成プログラム
LHADDASには、線量評価に用いる応答関数データベース、気象データや地理情報データから計算格子と入力条件を作成するプログラムなど、計算を支援する機能が含まれています。これらのうち応答関数データベースは、放射線挙動解析コードPHITSを用いて、直達成分や散乱成分を考慮して詳細な3次元放射線輸送計算を実施して作成しました。応答関数は、放射性核種ごとに、ある高度の単位体積(1m3)中の単位放射能濃度(1Bq/m3)または地表面の単位面積(1m2)中の単位沈着密度(1Bq/m2)から地上高1mの評価点が受ける線量率寄与に換算するもので、放出点と評価点の水平距離に対する関数として定義しています。データベース第1版として、9種類の放射性核種(134Cs、 136Cs、 137Cs、131I、 132I、133I、 132Te、85Kr、133Xe)に関するデータを整備しました。
【適用例1:現実気象条件での都市市街地の大気拡散計算】
LOHDIM-LESを、風洞実験では考慮できない現実的な気象条件下でも詳細に大気拡散予測が行える計算コードに発展させるために、広域スケールの気象状況を再現できる気象モデルの計算結果または気象観測データを用いて、風向風速および気温の変動を導入する手法を開発しました。
野外拡散実験(アメリカ・オクラホマシティー、2003年)を対象とする試験計算を実施しました。点源放出されたガスは、都市市街地内の幹線道路上を高濃度の状態を保ちながら風下に運ばれ、ビル群内にも複雑に拡散が及んでいく様子を明瞭に捉えています(図4)。気象モデルおよび気象観測と結合したLOHDIM-LESによる大気中平均濃度の計算値は、測定値の0.5倍から2倍の範囲内に収まる割合(FAC2)がそれぞれ42%、30%程度の再現精度であることが示されました(図5)。
また、気象モデルを用いた計算手法をCityLBMに導入し、試験計算を実施した結果、FAC2は33%でした。予測性能の評価指標において、FAC2は30%以上が推奨値とされていることから、LOHDIM-LESおよびCityLBMともに、測定結果を良好に再現することを確認しました。さらに、CityLBMの高速計算技術を活用し、放出地点付近にある植生キャノピーの配置形態を航空写真から推定して、計算パラメータとして考慮した多数ケースの計算を実施しました。計算結果の比較解析によリ、FAC2が最大で79%となりました(図6)。このように、CityLBMは測定値との誤差を調べる要因解析にも利用可能であることを実証しました。
【適用例2:原子力施設での大気拡散計算・線量率評価】
LHADDASによる大気拡散計算と線量率評価について、青森県の六ヶ所再処理工場の試験運転(2006~2008年)のモニタリングデータを活用して総合的試験を行いました。敷地内のモニタリングポストによって、試験運転時に管理放出された放射性希ガス85Krの大気中濃度と空間線量率が測定されています。LHADDASにより、この測定データの再現計算を行いました。
まず、LHADDASの大気拡散計算コードLOHDIM-LESにより、再処理工場の排気筒から放出された85Krの大気拡散計算を行いました。この計算では、細密地理情報を用いて標高・建物・樹木分布を5 mの高分解能計算格子により精緻に解像しました。図7に計算による85Krの大気中濃度分布を示します。
85Krの大気中3次元濃度分布は、検出できない濃度レベルまで示しており、放射線影響が想定される範囲ではありません。濃度が高い再処理工場敷地内においても、空間線量率の上昇は、自然放射線による空間線量率の変動の範囲内になっています。
次に、線量評価コードSIBYLを用いて、LOHDIM-LESによる85Krの3次元濃度分布から建物遮蔽効果を考慮して線量率評価を行いました。図8に示すように、敷地内のモニタリングポストでの空間線量率の測定値を、計算により良好に再現することに成功しました。これにより、現実の事象に対するLHADDASの大気拡散および線量率評価の性能を実証しました。
成果の活用
LHADDASは、局所域大気拡散の様々な課題に対し適切に計算コードを使い分け、もしくは組み合わせて使うことで、以下の有効な活用方法が考えられます。
- 原子力施設の安全審査における風洞実験に代わる現実的な評価手法「発電用原子炉施設の安全解析に関する気象指針」では、風洞実験の実施により、地形や建屋の影響を考慮した放出源の有効高さを求め、簡易大気拡散式により拡散状態を推定しています。しかし、風洞実験は、費用や時間など多大なコストがかかるとともに、実際の気象条件を取り込んだより現実的な拡散評価が困難なことから、計算シミュレーションによる合理化と改善が求められています。今後、風洞実験と同等の再現実績を有するLOHDIM-LESが実験技術に代わるより現実的な評価手法として活用されることが期待できます。
- 原子力事故時の施設内外作業員の被ばく線量評価「実用発電用原子炉に係る重大事故時の制御室および緊急時対策所の居住性に係る被ばく評価に関する審査ガイド」では、福島第一原子力発電所事故と同等の放射性物質の放出に対して、原子炉制御室、緊急時制御室および緊急時対策所での運転員および対策要員の実効線量が、7日間で100mSvを超えないように定められています。しかしながら、大気中に放出された放射性物質からの被ばく線量評価において、拡散状態の推定に簡易大気拡散式を用いているために、原子炉建屋の影響を受けた非一様性の強い濃度分布および沈着分布を表現することができません。簡易大気拡散式に代わりLOHDIM-LESを活用することで、一人あたりの被ばく経路ごとの実効線量の詳細な評価が可能となり、対策立案などに役立てられます。
- 都市域での放射性物質拡散テロに対する汚染状況把握と被ばく線量評価都市域で放射性物質拡散テロが発生した場合、様々な形状の建物が密集して立ち並ぶ空間での複雑な大気拡散により、放射性物質の空気中濃度や都市建築物への沈着は極めて非一様な分布となります。そのため、LOHDIM-LESとSIBYLの組み合わせによる建物配置形態を精緻に解像した拡散・線量計算は、拡散テロ災害対策の事前検討や事後詳細解析に役立てられます。また、拡散災害時における即時評価においては、CityLBMを用いた迅速な拡散計算結果の情報提供が有効です。
- 簡易拡散計算コードの検証およびチューニングのための参照データ提供本システムは、現状では多大な計算時間を要するため、原子力緊急時において即時対応のための予測計算を行うことはできませんが、即時対応用の迅速大気拡散計算コード開発に活用可能です。このような大気拡散計算コードの開発においては、性能検証のために風洞実験や野外拡散実験のデータが用いられます。LOHDIM-LESは、風洞実験と同等以上の性能を有するとともに、現実の拡散事象を再現できることを実証しています。そのため、本システムにより拡散事象を厳密に再現した解析データは、緊急時における即時対応用の簡易拡散計算コードの性能検証やパラメータのチューニングのための風洞実験や野外拡散実験に代わる参照データとして活用できます。
また、CityLBMは、放出点付近にある建物だけでなく樹木などの植生の存在も、計算パラメータとして新たに考慮することで、地表面近傍の風況に大きく影響を及ぼすことを明らかにしました。計算時間の大幅な短縮により多数の計算を一度に実行することも容易なことから、計算精度に関わる要因解析に用いることもできます。
コード公開情報
関連論文
中山浩成, 小野寺直幸, 佐藤大樹. (2023).局所域高分解能大気拡散・線量評価システムLHADDAS; 建物を考慮した詳細な放射性物質の拡散計算に基づく線量評価を初めて実現. Isotope News, 785, 20-23.