概要
環境動態研究グループは、環境中の放射性物質の動きを詳細に予測する計算モデル「SOLVEG-R」を開発を進めています。そしてこのモデルを用いた解析により、福島第一原子力発電所事故による放射性セシウムで汚染された森林について樹木の木部の汚染のメカニズムを明らかにするとともに、観測データがない森林における木部の濃度の変動予測を可能にしました。
これまでに、各国の研究機関で、森林樹木の放射性セシウム濃度を予測する計算モデルが開発されてきました。しかし、そのほとんどが、森林内の物質の動きを決定するプロセスを計算することなく、評価対象とした森林での放射性セシウムの濃度変動の観測結果を用いて計算モデルのパラメータを調整して、予測を行うものでした。そのため、福島県内の森林への適用は観測結果が存在する地点に限られ、福島第一原子力発電所事故後の木部の汚染メカニズムや、木部の濃度が今後どう変わるのかは依然として不明でした。
本研究では、気象条件と土壌状態に応じて森林内の水循環や植物成長といった、物質の動きを決定するプロセスを詳細に計算することで、放射性セシウムの観測の有無に依存することなく様々な森林の放射性セシウムの動きを予測できる計算モデルSOLVEG-Rを開発しました。そして、SOLVEG-Rを用いた解析から、福島県内の常緑樹林(スギ)と落葉樹林(コナラ)について、福島第一原子力発電所事故後の木部の汚染メカニズムを明らかにし、事故後50年にわたる木部の放射性セシウム濃度を予測しました。
解析の結果、福島第一原子力発電所事故時に樹木に付着した放射性セシウムが、葉(スギ)や樹皮(コナラ)から吸収され、樹木内を循環しながら一部が木部へ蓄積したことで、木部の汚染が引き起こされたことがわかりました(図1)。また、汚染源となった葉や樹皮表面の放射性セシウムは、降雨による洗浄や落葉により数年以内に樹木から除去されたため、木部の濃度は2020年(スギ)あるいは2017年(コナラ)から低下しはじめました。濃度の低下は、樹木の成長による希釈効果が働くため、放射性壊変(年間2%)よりも速い年間3%で進むと予測されました。ただし、モデル計算値と実測値に差があることや、測定データが事故後6年間に限られているため、今後も現地調査を継続してモデルの計算結果の検証を進める必要があります。
吸収経路ごとの割合は、事故後50年間の累計予測から算定。
【システム・モデルとその適用事例】
本研究では、森林内の放射性セシウムの動きを詳細に予測する新たな計算モデルSOLVEG-Rを開発しました。そして、福島県内の森林について、福島第一原子力発電所事故後の樹木汚染のメカニズムを明らかにするとともに、事故後50年間にわたる汚染状況の変化を予測しました。
SOLVEG-Rの特徴は以下のとおりです。
- 樹木を含む森林内の放射性セシウムの動きをモデル化し(図2)、気象データを入力値として陸面の水循環と植物成長をモデルで考慮しています。これにより、気象データのあるすべての森林について、水循環で駆動される放射性セシウムの動きや樹木成長の影響が計算でき、放射性セシウムの濃度変動の観測に依存することなく、様々な森林に適用可能です。
- 樹木の地上部を部位ごとに多数に分割し、各部位について放射性セシウムの大気沈着や降雨洗浄、内部への吸収などを設定できます。これにより、例えば、福島第一原子力発電所事故時に葉があった常緑樹と葉がなかった落葉樹ともに、樹木の部位間の放射性セシウムの動きを計算できます。
- 土壌中の放射性セシウムについて、粘土との相互作用を考慮しています。これにより、火山灰起源の粘土質な土壌が分布する福島県の森林にも適用可能です。
落葉樹は福島第一原子力発電所事故時に葉(図中*)がないものとして模擬した。
この計算モデルを、福島県内のスギ人工林(福島第一原子力発電所事故時の放射性セシウム137Cs大気沈着量68kBq/m2)とコナラ天然林(同510 kBq/m2に適用しました。その結果、福島第一原子力発電所事故時に放射性セシウムが直接付着した葉、枝、幹樹皮だけでなく、幹の内部に位置する木部でも事故直後から放射性セシウム量が増加しました(図3)。そして、およそ10年にわたり増加が継続しました。この結果は観測をおおむね再現しています。これは、図4に示す放射性セシウムの樹木内の移動量から、事故時に樹木表面に付着した放射性セシウムが葉(スギ)や枝樹皮・幹樹皮(コナラ)から速やかに吸収され、樹木内で異なる部位間を循環し続ける間に一部が木部へと蓄積し続けたためとわかりました(例:スギでは、葉から枝樹皮→枝樹皮から幹樹皮→幹樹皮から幹木部へと移動)。これより、福島第一原子力発電所事故時に樹木に付着した放射性セシウムが、事故以降続いている木部汚染の引き金となったことが判明しました。
このモデル計算を50年間継続し、将来にわたる汚染状況の変化を予測しました。木部汚染の引き金となった、葉や樹皮表面に付着した放射性セシウムは、降雨による洗浄や落葉により、数年以内に樹木から除去されました(図3の細線)。その結果、コナラでは2017年から濃度が低下しはじめました(図5)。放射性セシウムの吸収が主に葉で起きたスギでは、葉と枝を経由して放射性セシウムが樹木内を移動したため、木部への蓄積にやや遅れが生じ、2020年から濃度が低下しはじめました。これらの濃度の低下は、木部に蓄積した放射性セシウムの放射性壊変(1年におよそ2%)のみでなく、樹木(木部)成長によっても進行し(濃度希釈、1年におよそ1%)、その結果、放射性壊変による減衰よりも速く濃度が低下することがわかりました(1年におよそ3%)。この減少傾向が将来にわたって続くと仮定した場合、今回対象としたコナラ林(放射性セシウム大気沈着量510kBq/m2)においては、事故から68年後(2079年)に木部の濃度が出荷制限値(きのこ原木、50Bq/kg)未満に下がると予測されました。ただし、モデル計算値と実測値に差があることや、検証用の測定データが事故後6年間に限られていることから(図3、5)、今後も現地調査を継続してモデルによる予測結果の検証を進める必要があります。
さらに、福島の森林特有の知見も見いだされました。チェルノブイリ事故では、樹木表面の放射性セシウムの除去にともない、事故から数十年以内に根からの吸収が木部汚染の主要因になりました。これは、降水が少なく、落葉の分解が遅いチェルノブイリの森林では、分厚く堆積した落葉層に放射性セシウムが長期間滞留し、落葉層内の樹木の根がこれを吸収したためでした。一方、今回対象とした森林では、図4に示すように根からの吸収は低く保たれ、50年間の樹木全体の吸収量の1%に満たないものでした。これは、福島県の森林が以下のような特徴を持つためと考えられます。
- 降水が多く、落葉の分解が早いため、林床の落葉層に蓄積した放射性セシウムは速やかに土壌へ移動した。
- 火山灰由来の粘土質な土壌が放射性セシウムを固定するため、土壌中では放射性セシウムは、根が吸収できない状態で存在している。
以上より、福島県の森林では根からの放射性セシウムの吸収は少なく、今後木部の濃度増加は起こらないと考えられます。
濃度低下が放射性壊変のみで進行すると仮定した場合の計算値も図示(赤破線)。コナラ林には、広葉樹に定められるきのこ原木と薪の出荷制限値も示す。
コード公開情報
SOLVEG-Rは、原子力機構のコンピュータプログラムなどの検索システム「PRODAS」を通して入手することができます。
関連論文
太田雅和, 小嵐淳. (2022). 福島の森林資源における放射性セシウム汚染の新たな計算モデル構築. Isotope News, 784, 28-31.