緊急時海洋環境放射能評価システム
STEAMER

概要

環境動態研究グループは、日本周辺海域の原子力施設などで万一の事故により放射性物質が異常放出された際に、放射性物質の海洋拡散を迅速に予測する緊急時海洋環境放射能評価システム「STEAMER: Short-Term Emergency Assessment system of Marine Environmental Radioactivity」の開発を進めています。

STEAMERは、独自に開発した放射性物質の海洋拡散モデルに、気象庁による最新の海象予報オンラインデータを入力し、放射性物質の海洋放出量の情報を設定することにより、海水中及び海底堆積物中の放射性物質の濃度を1か月先まで予測可能なシステムです。日本を含む東アジア諸国の原子力施設及び日本周辺海域における任意の場所からの放射性物質の放出に対して、その後の拡散状況を推定することが可能です。

また、環境動態研究グループが開発した放射性物質の大気拡散を予測する世界版緊急時環境線量情報予測システムWSPEEDIと結合して用いることで、大気を経由して海洋へ降下する放射性物質の分布を予測することも可能です。

福島第一原子力発電所事故による海洋汚染状況の解析において、システムの中核となる計算モデルの高い予測性能を実証しました。福島第一原子力発電所事故当時は、計算結果を得るまで約3週間必要でしたが、本システムでは計算を開始してから数時間程度で予測情報を提供可能となります。

本システムにより、海洋汚染予測情報に基づく海洋モニタリング測点の設定、海洋モニタリング結果を用いた放射性物質の海洋への放出量推定と汚染分布の再現、これらに基づく禁漁海域及び航行禁止海域の設定など、緊急時対策の検討及び事故の詳細解析に資することが可能となります。

図1 STEAMERの構成

システム構成

STEAMERは、気象庁の海象予報オンラインデータを基に、放射性物質の海洋放出量の情報と原子力機構が開発した海洋拡散モデルを用いることで、海水中及び海底堆積物中の放射性物質の濃度を1か月先まで予測することが可能になるシステムです(図1)。

基本計算機能では、システムに日本を含む東アジア諸国の原子力施設と米国の原子力艦船の停泊港の位置情報が登録されており、これらの施設で事故が発生した際には、単位放出条件(溶存態のみを考慮した1Bq/hの連続放出)を用いて速やかに海洋拡散予測計算を実施することが可能です。また、登録された施設から海洋への直接放出を仮想した事前予測計算を毎日自動で実行する機能も備えています。仮想放出の種類として、事故発生から24時間と30日間の連続放出についてそれぞれ30日後までの予測計算を行い、1日毎の計算結果を可視化しサーバーにアップロードします。

登録地点以外で原子力事故が発生した場合や、放射性物質の施設から海洋への直接放出に加えて大気を経由して海洋へ降下する場合、そして放射性物質の放出量情報が事故の進展に伴い明らかになった場合は、計算条件の変更が必要となります。そのため詳細計算機能として、放射性物質の種類、放出海域の位置・深度、放射性物質の放出モードの形態(海洋への直接放出、WSPEEDIによる大気から海洋への降下、海洋への直接放出と大気から海洋への降下の同時計算)、放出量情報の時間変化等の計算条件を詳細に設定して予測計算を行うことが可能です。

STEAMERの基本計算機能を用いた即時計算または事前予測計算により得られる海洋汚染状況の予測情報及び詳細計算機能による解析は、原子力事故に関する以下の緊急時対策の検討及び事故の状況と影響の把握に役立ちます。

  • 実際の汚染海域を調査するための緊急時海洋モニタリング測点の設定
  • 海洋拡散モデルと海洋モニタリング結果を用いた放射性物質の海洋への放出量推定
  • 大気拡散モデルと海洋拡散モデル、そして大気および海洋モニタリングの結果を用いた放射性物質の大気への放出量推定
  • 放出量推定値を用いた海洋汚染分布の再現と将来予測
  • 海産物及び脱塩水の摂取に伴う内部被ばくを防ぐための禁漁海域及び航行禁止海域の設定

このように、STEAMERは海洋における原子力事故に関する緊急時対応体制を整備するための基盤となり得るものです。

システムの性能評価

本システムの中核となる計算モデルの予測性能を確認するために、詳細計算機能を用いて福島第一原子力発電所事故によって発生した放射性セシウム137Csによる海洋汚染の再現計算を実施しました。WSPEEDIで計算された大気から海洋への降下量と海洋への直接放出量を入力して計算した結果、東京電力、文部科学省、そして各研究機関が測定した本州沿岸から沖合海域におけるモニタリング値を良好に再現することを確認しました。再現計算の例として、福島第一原子力発電所から17km沖合の観測点における137Csの表層濃度の計算値と観測値の比較を図2に示します。図から再現計算は観測値の時間変化を良好に再現していることがわかります。また、2011年4月15日における137Csの表層濃度分布を図3に示します。福島沿岸から東へ進む赤色の高濃度域は施設から直接海洋へ放出された137Csの拡散です。それ以外の太平洋全体に広がった濃度分布は大気へ放出された137Csが海洋に降下し拡散したものです。このように、STEAMERを用いることで実際には見ることのできない137Csの汚染状況を可視化し、把握することが可能となります。

試験運用では、原子力施設から137Csが1Bq/hの放出率で海洋へ直接放出することを仮想した計算を本システムの自動予測機能を用いて毎日実行し(2014年9月~2017年2月)、STEAMERの安定性と堅牢性を確認しました(図4)。

図2 福島第一原子力発電所事故の再現計算例
福島第一原子力発電所から17km沖合(請戸川沖合15km)の観測点における137Csの表層濃度の計算値(実線)と観測値(黒丸)の比較。
図3 福島第一原子力発電所事故の再現計算例
2011年4月15日における137Csの表層濃度分布。
図4 STEAMER予測結果の例
2015年3月31日に福島第一原子力発電所から仮想的に放出された137Csの表層濃度分布。

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