エアロゾル挙動可視化計測技術
ベンチュリスクラバに代表される放射性浮遊粒子状物質の捕捉装置の物理メカニズムとして、
浮遊粒子状物質を含む汚染ガスと液滴との速度差により、浮遊粒子状物質が液滴に衝突(以下、慣性衝突)し、
液滴内に浮遊粒子状物質が取り込まれるメカニズムが提唱されています。しかしながら、浮遊粒子状物質は直径が1/1000 mm程度と非常に小さく、
非常に高速で動くため、液滴による浮遊粒子状物質の捕捉挙動について、直接観察によるメカニズムの確認は行われていませんでした。
私たちは、液滴による浮遊粒子状物質の捕捉挙動を直接観察するため、注射針先端に液滴を形成することで液滴を固定し、
浮遊粒子状物質を含んだ気流を液滴に当てる実験を実施することで捕捉の物理メカニズムについて検証しています。
実施内容: Contents
研究の背景
大気汚染防止装置の1つとして、PM2.5などのエアロゾル粒子を含む汚染ガスに洗浄液や水を雨のように吹きかけ、
エアロゾル粒子を洗浄液に取り込むことで汚染ガスから汚染物質を除去する装置が実用化されています。
このような技術は、製鉄所(溶鉱炉)のガス洗浄設備やボイラーの湿式洗浄機などの工業機器に用いられています。
また、原子力発電所で事故対策設備としてこの技術を用いたフィルターベント設備(図1)の導入が進められています。
フィルターベント設備の設計や導入にあたって、その性能は主に実寸大の装置を用いた試験により確認されています。
このような試験の実施には、多額の費用や長い時間が必要なため、性能向上のための設計変更が容易ではないこと、
使用する条件が変わった場合の性能が十分には確認できないため大きな余裕を見込む必要がある、などの課題があります。
近年、工業分野では、コンピュータを用いた数値解析により、このような試験の一部あるいは全部を代替することが行われています。
しかし、エアロゾル粒子が非常に小さく雨粒大の水の塊(水滴)とともに高速で動くため、
エアロゾル粒子が水滴に捕捉される挙動については未だ実験により確認されていません。
このため、フィルターベント機器の設計に対する試験を代替する数値解析の実施は、必要な捕捉メカニズムの解明や、
モデル化が不十分なため可能になっていません。
本研究では、数値解析によるフィルターベント機器の性能評価に必要なエアロゾル粒子捕捉メカニズムの解明を目的として、
水滴にエアロゾル粒子が捉えられる様子を観察できる装置を開発し、実際にその様子を観察しました。
図1 フィルターベント設備における噴霧による放射性物質の除去
試験装置
エアロゾル粒子のような微細な粒子の計測技術としては、
粒子によるレーザー光線の散乱などを利用した粒子径の計測技術が実用化されています。
しかし、この方法では、粒子の動きについて計測することができません。1/100 mm以下の粒子の動きを計測するには、
顕微鏡のような高倍率のレンズを用いて、エアロゾル粒子を直接撮影する方法が考えられます。ところが、この方法では、
顕微鏡の観察で分かるように対象物が少しでも移動すると焦点がずれて見えなくなってしまいます。
つまり、高倍率のレンズを用いてエアロゾル粒子を直接撮影する場合、運動する水滴表面のような固定されていない対象物の観察は困難です。
本研究では、注射針を使うことで位置を固定した水滴の周囲にエアロゾルを流すことで、
エアロゾル中の運動する微粒子と水滴の関係を静止した水滴と運動する微粒子に置き換えることを着想しました(図2)。
これに顕微鏡光学システムを接続した高速度ビデオカメラを用いた高速・拡大撮影を適用し、
水滴表面近傍を直接撮影する技術を構築しました(図3)。また、高倍率のレンズで速い動きの撮影を行う場合、
レンズに入ってくる光の量が少なくなってしまうため、高強度の照明を用いる必要があります。水滴の位置を固定することによって撮影範囲を限定することができるため、
LEDライトからの光を狭い範囲に集光させた高輝度LED照明装置を用いることが可能となり、詳細かつ明瞭な撮影が実現しました。
図2 水滴の固定による粒子の補足挙動観察の概念
図3 エアロゾル粒子捕捉挙動観察装置の概要
水滴周りのエアロゾル粒子の動き
水滴周りの全体的なエアロゾル粒子の動きを明らかにするために、微粒子群の速度を計測できる粒子画像流速測定法
(Particle Image Velocimetry;「PIV」)を適用して、エアロゾル粒子群の速度を計測しました(図4)。
エアロゾル粒子群は、水滴近くで(赤枠で示した部分)で流速が半分程度まで減少していました。
これは、水滴によってエアロゾル粒子の移動が阻害されていることを意味しています。
また、白線で示した、水滴中心から下側に位置するエアロゾル粒子は、水滴を避けて下方に流れており、
水滴断面上にあるエアロゾル粒子の全てが水滴に捕捉されるわけではないことが確認されました。
この結果は、水滴のまわりのエアロゾル粒子の運動を計算する数値解析の妥当性を確認するためにも用いられます。
図4 水滴周りのエアロゾルの流速分布測定結果
エアロゾル粒子の捕捉挙動
図4の赤丸内の撮影を、開発したエアロゾル粒子捕捉挙動観察装置を用いて行いました。
固定した水滴表面を拡大撮影することで、これまで困難と考えられていた、
固体のエアロゾル粒子が水滴表面で捉えられる挙動を直接撮影することに成功しました(図5)。
フィルターベント設備内の流動条件と同様に、水滴よりも高速で飛来してきたエアロゾル粒子は、
水滴表面に突き刺さり捕捉されました。これは、エアロゾル粒子の捕捉メカニズムの一つとして理論的に示されていた、
慣性衝突による粒子の捕捉を、初めて実際の観察によって確認したものです。
なお、今回の撮影では、水滴中心から外れた場所に飛来してきたエアロゾル粒子は水滴表面まで到達できず、
水滴を避けるように移動する様子も観察されています。この方法を用いれば、エアロゾル粒子に対する静電引力などの加えた実験も可能となるため、
様々な力が作用する条件を対象として、エアロゾル粒子捕捉メカニズムを確認することが期待できます。
図5 水滴表面近くでの固体のエアロゾル粒子の捕捉挙動
今後の展開
本開発では、水滴表面およびその付近のエアロゾル粒子の様子を観察できる技術を構築することで、
エアロゾル粒子が水滴に衝突し気中から除去される挙動を、初めて直接的に観察することに成功しました。
このような観察が可能となったことで、水滴によるエアロゾル粒子の捕捉メカニズムの解明を通じて、
エアロゾル粒子の大きさや、物質の違いによる静電引力の有無などの影響を考慮できる、高精度かつ詳細な数値計算の方法を確立することができます。
今後、開発した技術を用いて、このような捕捉メカニズムの解明、数値計算手法への組み込みや検証に必要なデータの取得を進めます。
これにより、エアロゾル粒子の大きさなどの影響を考慮できる汚染物質除去性能の予測結果の精度向上が可能となり、
さらには観察結果と予測結果の比較による予測精度評価が確立できれば、
原子炉施設でのフィルターベント設備における放射性エアロゾル粒子除去性能予測の高精度化や、効率的な放射性エアロゾル粒子除去技術の開発、
同設備の最適な運用方法の詳細な検討なども可能となります。
また、この予測精度評価は、フィルターベント設備と同様の原理を用いている製鉄所(溶鉱炉)のガス清浄設備やボイラーの湿式洗浄塔のような工業機器の設計精度評価、
PM2.5の降雨による除去量の推定結果の信頼性評価、大気中に放出された放射性物質の沈着過程モデルの改良、などへの応用も期待できます。