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放射線による発がんリスクの“出発点”に迫る!
〜DNA周囲の水の分解が生命の遺伝情報を狂わせる〜

2025.03.31

原子力基礎工学研究センターは、茨城大学、北海道大学、京都大学との共同研究により、DNA周囲の水分子の放射線分解生成物が生命の遺伝情報を狂わせる可能性を示しました。この結果は、放射線被ばくによる発がんの出発点に新たな基礎概念を与える研究成果です。

放射線による発がんリスクは、低線量域では疫学データが少ないため、モデルに基づいて推定します。モデルの中には、低線量でも発がんリスクがあると考える“しきい値が無いモデル”や、その逆の“しきい値が有るモデル”が存在します(図1(a))。現在では、どんなに低線量でも発がんリスクが存在すると見なす“しきい値が無いモデル”を採用し、安全性に余裕を持った放射線管理が行われています。放射線による発がんリスクを理解・評価するには様々な過程の科学的知見の蓄積が必要ですが、発がんの出発点であるDNA損傷の実験的検出は未だ非常に困難です。

本研究では、計算機シミュレーションを利用して、複雑なDNA損傷の形成メカニズムの解明を目指しました。ここでは、DNA周囲の水が放射線により分解された際の生成物が誘発するDNA損傷の形成に注目しました。このとき水分子の放射線分解で生成されるOHラジカルや水和電子はDNAと反応し、DNA鎖の切断や塩基の損傷などを引き起こす特徴があります。そこで、水分子の分解生成物のランダムな運動を模擬し、DNAと反応してDNAの損傷が発生する確率を計算しました。

その結果、DNA近傍の水分子が分解された場合、修復可能な孤立損傷に比べ約50分の1の確率で鎖切断と塩基損傷が密に生じた複雑なDNA損傷(クラスター損傷)が形成されることを解明しました(図1(b))。このような複雑な損傷は、DNA修復酵素による損傷の修復が困難ですので、その後、細胞の染色体異常が誘発されて、最終的に発がんを引き起こす可能性があります。このことから本研究成果は、発がんリスクの“しきい値が無いモデル”を支持する結果といえるとともに、この知見は今後、放射線防護の新たな基礎概念になることが期待できます。また本研究では、DNA損傷の観点から低線量被ばくの理解を深めました。今後は、放射線治療で重要となる高線量放射線場におけるDNA損傷の収量評価等にも展開する予定です。

本研究成果は、Nature Portfolioの『Communications Chemistry』(https://www.nature.com/articles/s42004-025-01453-x)に2025年3月6日(ロンドン時間10:00)付けでオンライン掲載されました。

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原子炉内で溶けた燃料が大量の微小な液滴に分裂 その現象を3次元で可視化する
〜燃料デブリが形成される過程の解明に向けて〜

2025.03.25



図1 開発した可視化手法の概要

原子力基礎工学研究センターは、液体が大量の液滴に分裂する現象を3次元で可視化できる手法を開発し、燃料デブリが形成される過程の理解を深めました。

原子炉の過酷事故では、炉内の燃料が溶けて下部の冷却材プールに落下した際に、大量の細かな液滴に分裂して広がります。溶融燃料や分裂した液滴が冷え固まると燃料デブリになります。特にプールが浅い場合、溶融燃料が床に衝突しながら液滴に分裂するため、非常に複雑な状況で燃料デブリが形成されます。このように複雑な燃料デブリの形成過程を明らかにできれば、デブリ形成過程の解釈等で東京電力ホールディングス福島第一原子力発電所(1F)の廃炉に貢献できます。また、あらかじめ過酷事故対策することで原子炉の安全性をさらに向上させることができます。しかし、燃料デブリ形成過程の一端でもある大量の微小な液滴の発生現象は実験による可視化計測が非常に難しいため、燃料デブリ形成過程の詳細な理解は得られないままでした。

本研究では、液体が大量の液滴に分裂する現象を3次元で可視化できる手法を開発しました。また、3次元可視化データを計算機で処理することで、一つ一つの液滴の大きさや速さを高精度に計測することができるようになりました(図1)。これらの可視化手法を使って、原子炉過酷事故で溶融した燃料が浅い冷却材プールに落下する状況を模擬した実験を行いました。その結果、液滴は二つの液体の速度差や遠心力による「サーフィンパターン」、重力による「液膜破断パターン」で発生することが分かりました。以上により、大量の微小液滴が発生する現象を世界で初めて詳細に観察できるようになりました。さらに詳細な観察と高精度な計測によって燃料デブリが形成される過程の理解を深めました。この成果は、1F廃炉に貢献し、原子炉の安全性向上に寄与します。

本成果は3月10日に流体物理学の専門誌Physics of Fluidsに掲載されました。

【論文情報】
掲載論文:Physics of Fluids
タイトル:Atomization Mechanisms in the Vortex-like Flow of a Wall-impinging Jet in a Shallow Pool
著者名:Naoki Horiguchi1, Hiroyuki Yoshida1, Akiko Kaneko2, Yutaka Abe3
所属:1日本原子力研究開発機構 原子力基礎工学研究センター, 2筑波大学システム情報系, 3筑波大学名誉教授
DOI:10.1063/5.0253743

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乾燥と湿潤の繰り返しが土壌のCO2放出を増大させることを解明

2025.01.23

原子力基礎工学研究センターは、新潟大学、九州大学との共同研究により、温暖化に伴う降水パターンの変化によって引き起こされる土壌の乾燥と湿潤の繰り返しによって、土壌から放出されるCO2の量が大きく増大することを明らかにしました。

大気中のCO2濃度の上昇は、地球の温暖化を引き起こし、さらには地球規模での水の大循環にも影響を及ぼすことで、世界各地の降水パターンを大きく変化させつつあります。こうした降水パターンの変化は、単なる年間降水量の増減だけでなく、極端豪雨や干ばつなどの頻度を増大させ、土壌の乾燥と湿潤の繰り返しを引き起こすことが危惧されています。土壌の乾燥と湿潤の繰り返しは、土壌における有機炭素の分解とそれに起因したCO2放出(地球全体で人為起源排出量の約5倍に相当)に大きく影響を及ぼす可能性があります。本研究では、国内各地の10地点の森林から採取した土壌を、降水パターンの変化に伴う乾燥と湿潤の繰り返しを模擬した条件で84日間室内培養し、CO2放出量の変化を評価しました。その結果、全ての土壌において、CO2放出量は乾燥と湿潤の繰り返しによって増大し、土壌水分量が変化しない条件でのCO2放出量の1.3~3.7倍になることが明らかになりました。さらに、このCO2放出量の増大は、乾燥と湿潤の繰り返しによる微生物細胞の破壊と分解に加え、土壌炭素の蓄積に寄与している活性金属―有機物錯体成分の分解促進により引き起こされている可能性が示されました。本研究成果は、気候システムにおける炭素循環フィードバックの詳細解明に繋がるものであり、地球環境の将来予測モデルの予測精度向上に資することが期待されます。

本研究成果は、欧州地球科学連合発行の科学誌「SOIL」に2025年1月16日付でオンライン掲載されました。 論文情報:https://soil.copernicus.org/articles/11/35/2025/

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